痛みを感じるとは

画像 孫のりゅうくんが電話してきて、おじーちゃま、眼は痛いの? と尋ねるのである。母親から、わたしの眼の具合が悪くなったと聞きつけたらしい。

 そういえば子供の頃、具合の悪いことは、すべて痛みにつながっていた。食べ過ぎるとおなかが痛くなったり、風邪を引くと頭痛がしたりしたものだ。熱が出ると、寝ている天井の板の木目が悪魔の顔に見えたり、ぐるぐる廻って落ちてくるような錯覚に襲われたりした。

ああした切羽詰った感覚というものは、年を経ると失われてゆく。大人になって、体のほうぼうの器官が衰えてゆくのが当たり前だから、具合が悪くなっても、もはや「痛い」という警告音が鳴らなくなるのか。

 老いるということは、そういうことではあるまいか、と考えたらぞっとしてきた。せめて感受性だけはなくなることのないように祈ろうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2006年11月26日 10:25
わ~、可愛いお孫さん!!
ママから聞いて、大好きなおじいちゃまの目の具合を心配されたんですね。
目が悪くても目の中に入れても痛くないほど、可愛いでしょう!

子供の頃の感覚が、大人になるほど薄れ、忘れていきます。
そのこと自体を実感、というか思い出すこともなくなるのが、年を取ることなのかな~・・。
そんな事をYKOMAさんは、考えさせて下さいました。
言われるように、感受性、これまで持っていた何にでも感動した心・・、これだけは無くしたくないものです。
目、どうぞどうぞ、お大事に・・・。
和井 圭
2006年11月26日 16:16
お啓さん それはもう可愛いものです。わが子の場合と異なる不思議な感情ですね。あなたも、もうすぐめろめろになりますよ。眼の衰えは仕方ないので慣れるしかありません。コメントありがとう。

この記事へのトラックバック