キムさんとカラオケ

 2001年に、われわれが韓国を訪れた初期のころの話である。
参加者が一堂に会した交流会が終わったときに,キムさんから
誘われた。彼と知り合いになった経緯は覚えていないが、
何歳か年上だった。.

 行事の最後はカラオケと決まっている、行こうよ、というのだ。
夜の街を歩きながら話した。彼は日本語が達者である。
かみさんのことをブタ同然で、という。自分のことは謙遜するが
そのくせ、百済の王朝の末裔と家門の自慢するところも韓国 人らしい。

 会場について、その熱気に唖然とした。日本のように聴衆は黙って
歌を聞くのではなく、肩を組みあい、足を踏みならして踊るのだ。
それも上下に動くのだ。

 キムさんと二人で「流転」を唄った。昭和初期の演歌である。
彼が大阪時代に覚えた歌である。引き揚げ船に乗って釜山に着いたとき、
彼は母国語がしゃべれなかったそうである。

 翌年日本で開かれた交流会で再会したけれど、その後キムさんは
催しには顔を出さなくなった。病という噂を耳にした。

この記事へのコメント

2015年03月27日 22:02
此の度生まれた場所を入れて、成城ヒロにしました。
入院されたそうですが、その後は如何でしょうか。
韓国のキムさんと再度お会いされたい気持ですね。
ヒロは只今1960年代のポップスを日々ユーチューブで聞いています。
ヒットパレダーズとグレイハウンズ。来月立川のAAカンパニーへ
グレイハウンズのライブを聴きに行きそしてゴーゴーやツイストします。
更には二つ並び其の御友達のブログにコメントしてます。
他は美容家の女性。 兎に角忙しいです。

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